大判例

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大阪地方裁判所 昭和51年(ヨ)3003号・昭51年(ヨ)3342号

申請人

玉田長久

申請人

阪口広信

申請人

川畑文治

申請人

前田孝明

右四名代理人弁護士

鈴木康隆

(ほか二名)

被申請人

日本精密計測株式会社

右代表者代表取締役

深尾勲

右代理人弁護士

香月不二夫

右当事者間の従業員地位保全仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

一  申請人らがいずれも被申請人関西事業部技術課所属の電気技術者としての地位を有することを仮に定める。

二  被申請人は、申請人玉田長久に対し金四一〇万二〇二五円、同阪口広信に対し金三一七万一六五四円、同川畑文治に対し金三一七万八〇四二円、同前田孝明に対し金三七四万六六三五円および昭和五三年三月以降本案判決確定に至るまで毎月二七日限り申請人玉田長久に対し金二〇万五九〇七円宛、同阪口広信に対し金一五万九九八九円宛、同川畑文治に対し一六万〇二五三円宛、同前田孝明に対し一八万九九一四円宛を、仮に支払え。

三  申請人らのその余の申請をいずれも却下する。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

一  申請人らは、「(一)申請人らがいずれも被申請人関西事業部技術課所属の電気技術者としての地位を有することを仮に定める。(二)被申請人は申請人らに対し、それぞれ別紙目録(略)(三)記載の金員を仮に支払え。」との裁判を求め、被申請人は本件仮処分申請をいずれも却下するとの裁判を求めた。

二(一)  被申請人(以下会社ともいう)は肩書地(略)に本社を置き、大阪、東京、名古屋各市に事業部、横浜、蕨、大津、神戸各市に営業所を有し、資本金四、〇〇〇万円、従業員数約一二〇名、自家用(受配電)電力設備の保守、管理を主要業務とする株式会社であり、申請人玉田長久(以下申請人玉田という)は昭和四八年三月、申請人阪口広信(以下申請人阪口という)は同年四月、申請人川畑文治(以下申請人川畑という)は同年一〇月、申請人前田孝明(以下申請人前田という)は昭和五〇年一月いずれも被申請人に雇傭され、以来被申請人関西事業部技術課所属の電気技術者として勤務してきた。

(二)  被申請人は、いずれも昭和五一年八月三〇日付をもって、申請人玉田に対し会社札幌出張所、申請人阪口に対し会社仙台出張所、申請人川畑に対し会社高松出張所、申請人前田に対し会社広島出張所勤務に配置転換する旨の意思表示(以下本件配転命令という)をなし、申請人らがこれを拒否するや、業務命令違反(就業規則九九条一号)を理由に、申請人玉田、同阪口、同川畑に対し同年九月三日付をもって、申請人前田に対し同月五日付をもっていずれも懲戒解雇の意思表示(以下本件解雇という)をした。

以上(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

そして、申請人らは、本件配転命令は労働契約違反、人事権濫用、不当労働行為のいずれかの理由により無効であるから、本件解雇も亦無効である旨主張するのに対し、被申請人は、本件配転命令は業務上の必要に基づく有効なものであり、これに従うのを拒否したことに基づく本件解雇も当然有効である旨主張するので以下検討する。

三  労働契約違反の主張について

疎明によれば、次の事実が認められる。

(一)1  被申請人は、昭和四〇年末社長以下従業員数名をもって設立発足以来、約一〇年間に一〇〇名を超える企業に急成長したが、人事面では学歴無視の徹底した能力主義を採り、従業員の新規採用面においても、いわゆる新規学卒者採用、縁故採用は全くなく、取締役以外の部課長クラス幹部社員に至るまで新聞広告による中途採用を行なっていた。

2  採用試験の方法は、筆記試験は行なわず、すべて面接試験のみであり、社長、角井専務取締役、大江常務取締役、乾総務部長のうちから二ないし三人が交替でこれを担当していた。面接試験においては、まず様々な角度からの口頭試問が行なわれ、その間に社長或は角井専務らから会社案内のパンフレットを示しつつ会社の事業内容、将来の展望等について説明があり、次いで乾総務部長から就業規則に基づき、賃金、労働時間その他の労働条件について説明が行なわれたが、申請人玉田が採用された直前の昭和四八年二月会社は東京に関東事業部を新設し、その後も関東周辺、中部地方、さらに全国各地への進出を企図していたこともあったため、右説明に際しては、就業規則の該当条文(会社は、昭和五一年八月一日新就業規則を実施したが、旧就業規則五条所定の配転条項は、同趣旨の新就業規則四二条として定められている)を示して、入社後会社の業務上の都合により職場、職種等の変更、いわゆる配置転換があり得る旨の説明も併せて行なわれていた。

3  申請人玉田、同阪口、同川畑はいずれも工業高校電気科を卒業し、このうち申請人玉田、同阪口は会社へ入社する以前の職場で勤務している間に電気主任技術者第三種免許を取得し、申請人前田は国立大学理学部を中退しているが、同様に会社へ入社以前に電気主任技術者第二種免許を取得している。入社後の申請人らの職務内容は、自家用各種(受配電)電力設備の竣工、測定試験、絶縁診断、活線(通電状態の電線)温度測定、継電器の総合試験等いわゆる強電関係の保守、点検(メンテナンス)である。

4  申請人らは、いずれも前記2に記載したのと略同様の面接試験をうけ、申請人らの希望どおり大阪(関西事業部)勤務の電気技術者として採用されたが、面接の際、会社側からの配転に関する一般的説明に対して、申請人らの方からとくに大阪以外へは転勤しないとか、職種の転換については申請人らの同意を得て貰いたい旨を会社側に申し入れたこともなかった。

(二)  右事実によれば、申請人らと被申請人間の労働契約上、その勤務場所を大阪市所在の関西事業部に限定する特段の合意があったと認めることは困難であり、さらにその職種についても、成程申請人らは危険性の大きい高圧電気の各種電力設備の保守、点検という相当に高度の専門的知識と技術を要する電気技術者として採用されたものではあるが、極めて特殊かつ高度の知識、技術、経験を要するものとして採用されたか否かは疑問であり(電気主任技術者免許資格は採用条件とはされておらず、申請人川畑は、電気主任技術者免許を有していないが、年令、学歴、職歴、家庭状況とも極めて良く似ている申請人阪口と略同額の基本給の支給をうけている。なお、会社の電気技術者中、免許取得者は三分の一程度である。)、申請人らが入社以来前記職務に従事した期間をも考慮すると、申請人らの職務が、労働契約上電気技術者に明示又は黙示にせよ特定され、前記就業規則の配転条項の適用を排除する合意があったとまで推認することは困難である。したがって、申請人らが会社の関西事業部所属の電気技術者として採用されたことは、単に採用後当面勤務すべき場所、従事すべき職務という意味での労働条件が特定されていたものに過ぎないと解するのが相当である。

四  人事権濫用の主張について

(一)  本件配転命令の業務上の必要性

疎明によれば、次の事実が認められる。

1  会社の設立よりP・Iの発売に至るまでの経緯

(1) 昭和四〇年七月新電気事業法の施行によって、自家用(受配電)電力設備(高圧電気による五〇キロワット以上の電力)の保守、点検業務が施設者の自主保安に移されたが、被申請人は右電力設備の定期点検、診断、測定試験の受託代行を主たる業務内容として発足し、時流に一致したこともあり短期間でその事業は急速に発展した。

(2) ところで、会社の主たる業務である電力設備の保守、点検を行なうためには、大抵停電を行なう必要があり、委託者(顧客)は日曜、休日に作業を指定する場合が多くなり、休日に過度集中した業務を限られた時間内に完了しなければならないため、会社の電気技術者にとっては早出々勤、残業は常態となっている。

このような労働集約型企業は、人件費等の最近における急騰により将来は必然的に経営を圧迫することが予想されたので、会社はこれを打開するために技術労働者による手作業を可能な限り機械化、自動化する基本的業務に関する長期計画を立て、右計画の大綱に基づき昭和四九年頃より保守、点検業務の総合自動化システムの開発研究に着手した。右自動化システムの柱としては、<1>連続絶縁自動監視装置 <2>過熱の自動監視装置 <3>保護継電器の活線試験装置の三つがすえられ、このうち<1>と<3>は昭和五一年三月頃迄に一応実用化の見通しが立ち、翌昭和五二年から従来からの固定的顧客の一部に対して販売(レンタル)を開始したが、<2>については極めてコスト高のため現在に至るまで企業化の目途が立たず、当初会社の算定した総合自動化システムは未だ実現していない。

(3) 一方、右自動化システムとは別途に、会社は昭和五一年始め頃、かねてから通産省外郭団体である財団法人研究開発型企業育成センターより資金面での助成を得て研究を進めていた「非破壊絶縁診断装置」(Perfect Insulation Ana-lyzer商品名略称P・I)の実用化に成功した。P・Iは、従来のメガー計測では判別のできなかったケーブルなどの絶縁に関する深層欠陥の有無と程度を判定者の目(パルスメーター)と耳(ヘッドホーン)で定量的に常時、容易に把握でき、しかも操作方法も容易である等多くの特徴を有し、当時類似の競合商品も存しなかったため、会社は完成後直ちに特許申請をした。なお、P・Iは、本来右自動化システムと併用することによってその効果が一層大となるが、操作が極めて簡単であるため独立した計測機器としての利用価値も高く、会社は単品商品としても有望との見通しを立てていた。

(4) 会社は、昭和五一年三月東京、翌四月大阪において、いずれも取引銀行、得意先、大口電力消費者、関係官庁担当者を招いてP・Iの発表展示会を催したところ、業界紙の他一般のマスコミもこれを取り上げる等可成りの反響があった。そこで、会社は、P・Iの単品商品としての販売を東京、大阪地区に限定せず、広く地方へも拡大する企図のもとに、昭和五一年六月全国一〇カ所において新聞広告によりP・I販売のための地区販売員(自宅勤務)を募集し、このうちから選考の末札幌、仙台、高松、広島、福岡各市で各一名を採用した。採用された五名の地区販売員は、同年七月始め会社の大阪本社において約一週間、P・Iの性能、セールスポイント等について研修をうけ、同月下旬から右各市で販売活動を開始した。

右事実によれば、技術的知識の豊富な電気技術者を、いわゆるセルースエンジニアとして右各地区へ派遣し、地区販売員を補佐、指導しつつ一層強力なP・Iの販売体制を作る業務上の必要があるとする被申請人の主張は、一応の根拠があるかの如くであるが、以下更に詳細に検討してみると、本件配転命令の業務上の必要性については幾多の疑問が生ずる。

2  被申請人主張事由についての疑問

(1) まず、被申請人は、顧客に対するP・Iの商品説明が独力では困難であるから電気技術者を至急派遣されたい旨の要請が各地区販売員より相次いだことが本件配転命令を発令した重要な要因である旨主張している。しかし、各地区販売員から大阪本社宛送付されてきた昭和五一年八月上旬の行動日報には、「デモ乞う」とか、「実物見たし」等の記載が散見されるが、これらはいずれも、当時P・Iの実物が未だ各地区販売員の手許に送られておらず、カタログ販売のみであったことから、とにかく実物による実演結果を見なくては購入の可否も決められないとする顧客の当然の気持と、これに対応する販売員の希望が述べられているものであって、販売員独力による販売活動の困難を訴えた趣旨でないことは明らかである。その他、被申請人の主張を裏付けるに足る的確な疎明はない。

(2) 被申請人は、本件配転命令は、前記自動化システムの実施により不要、余剰化した電気技術者の解雇防止(雇傭調整)対策の一環として行なわれたものである旨主張する。しかし、前記のとおり、会社の企図した総合自動化システムは本件配転命令当時、過熱の自動監視装置がコスト高のため実用化に至らず、連続自動絶縁監視装置と保護継電器の活線試験装置も本件配転命令後の昭和五二年以降、漸く従来の固定的顧客に対して徐々に販売(レンタル)を開始するという段階に止っていたのである。したがって、仮に総合自動化システムが会社の全顧客に対して全国ネットワークに組織されて行きわたるというような事態に至った場合には、被申請人主張の如く会社全体の技術者中七割ないし八割は余剰化することもあり得るであろうが、少なくとも本件配転命令当時は、右にみたとおり総合自動化システムはその緒についたばかりであり、関西事業部に限定しても電気技術者がむしろ不足気味でこそあれ、余剰化していた事実は全く認められないから、被申請人の主張は前提を欠くことになる。

(3) 被申請人は、地区販売員所在地でのP・Iの販売台数は予期に反して伸び悩んだが、その原因は地区販売員の技術、知識不足が最大の原因である旨主張する。

疎明によれば、P・Iの当初の販売目標台数は年間一、〇〇〇台であったが、昭和五一年四月から翌五二年一〇月迄の一年六カ月間における実際の販売台数は約六五〇台と目標を可成り下廻ったことが認められる。しかし、疎明によれば、右各地区でのP・Iの売れ行き不振の原因は、地区販売員の技術知識の不足というよりはむしろ以下の諸点にあったものと解されるのである。

イ P・Iは、販売開始当初、電池早減の欠陥を示したため、会社は直ちに改良作業に着手したものの、改良品を完成させるまでには可成りの時日を要した。

ロ P・Iは、販売当初会社の生産体制が極めて弱体であったため、右各地区に対しても商品はおろか実物見本すら送付できず、昭和五一年八月頃まではカタログ販売一本に頼らざるを得なかった。P・Iの実物が漸く販売ルートに乗り始めたのは同年一〇月以降であった。

ハ 会社は、その発祥の地である関西地区においては電力設備メンテナンス(保守、点検)の先進企業として可成りの知名度を有しているが、事業部設置後日の浅い関東、中部地区では未だ知名度に乏しく、その他の地方に至っては殆どその名を知られていない状態である。

ニ 電力設備の保守、点検機器の販売は、定期保守点検に関する継続的契約関係が先行するのが普通であるにも拘らず、今回のP・Iの販売は右の関係が逆転した形になっている。

(4) 疎明によれば、申請人らが本件配転命令を拒否してから現在に至るまで、会社は申請人らの代りに他の電気技術者を右各地区へ全く派遣していないことが認められる。このことは、間接的にではあるが、会社自体が右各地区への電気技術者派遣をそれ程重視していなかったのではないかを窺わせる。

右の点について、被申請人は、代替技術者を派遣するだけの人員の余裕がないとか、申請人らに続いて再度の配転拒否の発生するおそれがあるとか相矛盾する説明をしているが、前者は被申請人の強調する余剰電気技術者のセールスエンジニア化の前提とも相容れず、後者も五地区全部が無理としても、その一部についてさえ代替要員を派遣していない事実からみて説得力に乏しいと言わざるを得ない。

(二)  本件配転命令により申請人らのうける不利益

1  生活関係上の不利益

疎明によれば、申請人玉田は独身のうえ、在阪の両親から独立してアパート暮しであるため比較的身軽であり、申請人前田も妻子四名家族ではあるが、在阪の両親とは別居していること、また、申請人阪口、同川畑はいずれも独身であるが、両親或は母親と同居していること、申請人らは、いずれも関西生れの関西育ちであることが認められる。そうすると、大阪から、かなり遠隔の地である前記各地へ赴任した場合、その人間関係、社会生活の諸関係において少なからざる影響を被ることは予想されるが、申請人らの右生活環境に照すとどうしても関西に居住しなければならない特殊事情は認められず、いずれもその生活関係を根本からゆるがす程の犠牲を強いられるものではないと解されるのである。しかし、右はあくまで配転先が一の職場としての確固とした客体を備えている通常の場合のことであって、本件の場合は後記2の事情を無視することができない。

2  精神的負担

すなわち、申請人らに対する本件配転命令の辞令には、前記各地区所在の「出張所」勤務を命ずる旨記載されているが、疎明によれば、本件配転命令当時、前記各地に於て「出張所」は未だ開設されていなかったことが明らかである。したがって、厳格に言えば、本件配転命令は、会社機構上未だ存在しない「出張所」への勤務を命ずるという、申請人らに対しいわば不能を強いる内容であると言えるのである。もっとも右各辞令と同時に申請人らに対して交付された業務内容指示書と併せ読めば、「出張所」の開設準備ならびに開設後の出張所への勤務という二つの業務命令が本件配転命令の内容となっていることが漸く理解されるが、この命令自体も以下のような幾つかの問題を含んでいる。

右業務内容指示書をみると、まず、申請人らの勤務先となるべき出張所事務所を市内又はその近郊で車両管理に便利なスペースを持ち、家賃月額八万円以内(事務所の広さ二〇平方メートル前後)の条件で、申請人らが選定すべきことが命じられているが、各地区内の不動産価格の相違を無視して一律に右条件を付している点もさることながら、権利金、保証金の点についての配慮も全く示されておらず、元来現地に暗い申請人らに対し、右の如き制約下で「速かに」事務所の選定を行なうことがいかに難事であるかは地区販売員の協力が期待できるとしても想像に難くない。

また申請人らの住居についても、差し当っては会社において一〇日間の宿泊が予約してある旅館が用意されているものの、右事務所と同様通勤一時間以内の距離で、賃料月額妻帯者三万五、〇〇〇円、独身者二万五、〇〇〇円(うち、五、〇〇〇円本人負担)以内の条件で、適当な借家を選定すべきことが命じられており、その問題点ならびに選定の困難さは事務所の場合と変らない。しかも、一〇日以内に条件に合う借家が見つからない場合には、会社の責任で旅館の滞在期間を一〇日間毎に更新してゆく手筈を整えてあったことが疎明によって認められるが、生活の本拠が定まらないまま、旅館暮しを続けることが、いかに落着かないものであるかは想像に難くない。

さらに、出張所開設後の申請人らの身分(所長なのか単なる出張所員なのか)、賃金その他の労働条件(札幌、仙台等寒冷地区での寒冷地手当の問題も含む)、大阪本社への帰任時期の目途等についても一切明らかにされていない。

これらの点を考慮すると、本件配転によって、申請人らがこうむる精神的、肉体的、経済的負担は結局において非常に大きいと判定せざるを得ない。

3  技術的能力の低下

配転先における申請人らの職務は、前記業務内容指示書によれば、「各地区販売員と協力して、P・Iの拡販を行い、主として技術的に顧客に対する製品説明、取扱説明を実施し、併せて将来地区でのメンテナンス受注処理に対する技術的主導者となる」ことである。しかし、後段のP・Iの販売を手掛りとして自家用電力設備の保守、管理に関する受注が生ずるようになるか否かの見通しは前記のとおり極めて異例の方法であるだけに、必ずしも確たるものではなく、仮に受注が生ずるようになったとしても、未だかなり先のことであるから、差し当っては、前段のP・Iの販売活動一本に限られるのは明らかである。

ところで、P・Iの販売は、元来P・Iの性能的特色が前記の如く判定方法と操作方法の容易さにあるところからP・Iについて短期間の研修を受けた地区販売員のみで充分販売活動が可能と会社によっても考えられていたし、現にそのとおり実施されたのであるから、P・Iの販売、拡販にあたって電気技術者の専従を要する程高度の技術知識を要するか否かは疑問といわなければならない。

さらに、これまで申請人らが従事してきた電力設備の保守、点検業務の中には、絶縁診断も含まれており、P・Iも一つの絶縁診断機器であるから、その販売に従事することは従前の職務と全く無関係な仕事をすることにはならないと言えなくもないが、P・Iによる絶縁診断方法は多種多様な診断方法のうち電力ケーブルを対象とする簡便な方法の一つにすぎず、高度な技術と経験を要するその他の深層絶縁診断技術の実践の場からは遠ざかることになるのは避けられない。なお、その他の各種竣工試験、活線温度測定、継電器の活線試験等重要な保守・点検業務に関与する機会も全く失われることになる。

右のとおり、申請人らが配転先においてP・Iの販売活動に従事することは、従業員の職種、適性範囲の拡張ないし向上という労務管理、企業経営上の観点からは有益と言えようが、配転をうける申請人らにとっては、電気技術者としての技術的能力、経歴の維持ないし発展を阻害されるおそれが極めて大きいことも否定できない。

4  組合活動上の不利益

申請人らは、被申請人大阪本社技術課員十数名をもって組織されている総評全国一般大阪地連日本精密計測労働組合(以下組合という)の組合員であり、本件配転命令当時申請人玉田は執行委員長、申請人阪口は副委員長、申請人川畑は書記長、申請人前田は執行委員(情宣部長)であった。

組合は、昭和三六年一〇月、本社技術課員数名によって結成されたが、少人数で極めて弱体であったため、本件配転命令が発令されるまで会社及び他従業員にその存在を公表せず、非公然組合として組合員増加工作と学習活動等を行なっていた。組合は本件配転命令発令の翌日、本件配転命令の撤回等を求める団交を会社宛申し入れて公然化したが、一方会社には本社営業係長が中心となって昭和五一年九月六日結成された約七〇名の組合員を擁する「日本精密計測連合労働組合」があり、組合と併存状態にある。

右のような状況において、劣勢の少数組合の幹部である申請人らが本件配転によって大阪を離れることは、その組合活動に大きな支障が生じることになるのは明らかである。

(三)  本件配転命令の発令より本件解雇に至る経緯疎明によれば次の事実が認められる。

1  申請人玉田、同阪口、同川畑三名は、昭和五一年八月三〇日午後五時頃、突然大阪本社役員室に呼ばれ、角井専務取締役より本件配転命令の辞令ならびに前記業務内容指示書の交付を受けた。申請人前田は、当日神戸市内の地下鉄建設工事現場へ出張していたが、同専務の要請によって午後一〇時過ぎ会社へ戻り同様に辞令と業務内容指示書の交付を受けた。なお、右辞令の交付にあたって、同専務は右申請人らに対して前記総合自動化システムの長期計画、P・Iの地方販売の意義等について詳細な説明を加えた。

2  これに対して、申請人らは、いずれも配転命令に応ずるか否か即答を避け、翌三一日申請人らは角井専務、乾総務部長、前川技術課長と会談し、入社の際、申請人らの勤務場所は大阪本社に限定する旨の約束であったこと、申請人らには大阪を離れ難い各々の個人的、家庭的事情があること、P・Iの販売であれば営業課員の方が適任であること、配転先になっている各「出張所」は未だ開設されていない疑いがあること等を交々述べて、本件配転命令には応じ難い旨述べた。これに対して、角井専務は、右個人的家庭的事情をいちいち考慮していては会社の人事機構が成り立たない、各配転先には夏頃から既に地区販売員を置いている旨答え、重ねて本件配転命令に応ずるよう求めたが、申請人らは応ぜず、話し合いは物別れに終った。

3  申請人らは、翌九月一日、総評全国一般労働組合大阪地方連合役員の竹内勝を伴ない、角井専務と会見し、四九年一〇月七日の結成以来非公然であった組合を正式に公然化し、以後は団交という形で本件配転問題について話し合ったが、前日の理由に併せて不当労働行為をも理由として強硬に本件配転命令の撤回を求める申請人らの主張と、これを拒否する角井専務の主張は平行線を辿り、最後に同専務は、どうしても本件配転命令に応じないのであれば、業務命令違反で解雇せざるを得ないであろう旨、申請人らに述べた。

4  九月二日申請人ら及び申請人らと同時に福岡出張所への配転を命じられた件外山中潤一は本件配転命令の効力を仮に停止する旨の仮処分を大阪地裁に申請し、第一回審尋期日が九月八日午前九時四五分と指定された。

5  しかるに、被申請人はいずれも被申請人の指定した赴任期間の満了に合わせて、申請人玉田、同阪口、同川畑に対しては九月三日付、翌四日到達の内容証明郵便をもって、申請人前田に対して九月五日付翌六日到達の内容証明郵便をもってそれぞれ業務命令違反を理由に懲戒解雇の意思表示をした。

6  なお、会社が現社名に商号を変更し、東京に関東事業部を設置した昭和四八年以降現在に至るまで、会社において二十数人の配転もしくは出向が行なわれたが、その大部分は勤務地のみの変更(例えば、大阪の関西事業部から東京の関東事業部へ)のケースであり、(しかも、その場合の大部分は職制上の地位の上昇を伴なっている)、僅かに技術課員が営業課のセールスマンへ職種変更になったケースが二件あるものの、その場合は逆に勤務地の変更は伴なわなかった。

ところで、前記(二)で認定したところから明らかなように、本件配転命令は一般的にみてもまた会社におけるこれまでの配転例からみても、極めて特異な内容を含むものであるから、その発令の前後に、充分慎重な手続がとられて然るべきである。しかるに、会社は事前に赴任の可否について本人の意向打診をすることもなく、当初から三日間或は五日間という極めて短い赴任期間を設定し、一旦電撃的に発令するや、本件配転命令の特異性について申請人らが当然抱いた数々の疑問についても充分説明を加えることもせず(会社機構上「出張所」の有無に関する角井専務の説明は極めて曖昧である)、かえって本件配転命令に応じなければ業務命令違反による解雇も止むを得ないなどと一方的に会社の強硬方針を宣言するに終始し、九月二日に申請人らより前記仮処分命令の申請がなされたことも意に介さず、右赴任期間の満了をもって即座に申請人らを懲戒解雇に付したのであり、長期継続的労働契約を規律する信義則に鑑み看過することができない。被申請人主張の如く、従来会社においては配転にあたり、いわゆる内示、事前の意向打診の措置がとられていなかったとしても、本件配転の特異性に照らし、右判断を左右するものではない。

以上の次第で、本件配転命令は、まず業務上の必要性について疑問があるうえ、申請人らの被る幾多の前記不利益、発令から解雇にいたる経緯を併せ考慮すると、申請人らの人選の当否についてさらに検討するまでもなく合理的理由を欠くものと断ぜざるを得ないから、人事権の濫用として無効と解すべきものである。したがって、本件配転命令に従わないとの業務命令違反を理由としてなされた本件解雇の意思表示も亦無効である。

五  保全の必要性

(一)  右に判断したとおり、申請人らと被申請人間の労働契約関係は本件解雇以後も依然として存続しており、申請人らは被申請人関西事業部技術課所属の電気技術者としての地位を有するものというべきであるから、被申請人に対し、本件解雇以後も賃金等支払請求権を失わないものというべきである。

(二)  疎明によれば、次の事実が認められる。

申請人らのうち妻子を抱えているのは申請人前田のみであり、その他の申請人らは独身であるが、いずれも他に特別の資産、収入源は有しておらず、本件解雇以前被申請人から支給される賃金のみによってその生活を支えてきた。本件解雇後、申請人らは賃金の支払いがないため、当面は三カ月間ないし六カ月間の雇用保険金ならびに幾ばくかの貯金によって生計を維持してきたが、現在は雇用保険金の支給もなく、貯金も底をつき、僅かに一時金支給時期における上部、支援団体からのカンパ、肉親、親類、知人等からの多額の借金によって辛じて糊口をしのいでいる状態である。なお、申請人らはいずれも組合の幹部であるため、会社および前記併存組合との関係での組織防衛のため、本件解雇後も組合活動に終始関与せざるを得ず、アルバイト等の副業に従事し得ない状況にある。

右事実によれば、申請人らが本案判決確定によって終局的な救済をうけるに至るまでの間、被申請人によって被申請人の従業員たる地位を否認され、賃金等の支給をうけられないと、申請人らは回復し難い著しい損害を被るおそれがあるというべきである。

六  賃金請求権の内容

1  本件解雇当時、申請人らが被申請人より支給されていた賃金は、(1)固定賃金(2)割増賃金に大別され、このうち固定賃金はさらに基本給、役付手当、技術手当、運転手当、外勤手当(以上が基準内賃金に属する)、調整手当、妻子手当から成り、割増賃金は残業手当、深夜残業手当とから成る。残業手当と深夜残業手当は、固定賃金中の基準内賃金に一定の係数(残業手当の場合1/200×1.25 深夜残業手当の場合1/200×1.5)を乗じて得られた単価(残業単価、深夜残業単価)は該当月の残業時間数を乗じて算出される。なお、この他に申請人らに対しては交通費が支給されている。そして、本件解雇当時、申請人らは、被申請人よりそれぞれ別紙目録(一)記載のとおり固定賃金および割増賃金(残業時間数は本件解雇前三カ月の平均値により計算)、交通費を支給されていた。

以上の事実は当事者間に争いがなく、疎明によれば次の事実が認められる。

2  昭和五一年一〇月以降、会社全従業員に対して住宅手当として一律三、〇〇〇円が支給されることになった。

3  昭和五一年一一月国鉄の運賃値上げがあり、申請人玉田の通勤区間の運賃は従来より一、二〇〇円上昇した。

4  被申請人と申請人らの所属する前記組合は、昭和五二年五月二〇日基本給と調整手当のベースアップに関する賃金協定を締結した。その内容は、(1)各人の従前の基本給と調整手当の合計額の平均九・二パーセントを基本給に七〇パーセント、調整手当に三〇パーセント繰り入れる (2)ベースアップの実施は右協定成立日とするが、現行基本給への一律一〇〇円加算は四月に遡って行なう (3)右ベースアップ率は平均であって、会社は成績評価による査定を上限、下限各二〇パーセントの範囲内で行なう、というのである。

ところで、申請人らに適用されるベースアップ率を全社平均値の九・二パーセントとすることが合理的であることについては疎明が充分とはいえず、かえって疎明によれば、右査定には各事業部毎の売上成績も参酌され、関西事業部は関東、中部事業部に比して売上高の伸びが鈍く、全社平均を下廻っていることが認められるので、右査定範囲の下限(七・四パーセント)をもって疎明があったものと認めるべきである。右ベースアップ率をもって計算した申請人らの昭和五二年五月以降の固定賃金および割増賃金(残業時間は本件解雇以前三カ月の平均値により計算)ならびに交通費の金額は別紙目録(二)記載のとおりである。なお、会社における交通費は、実費補償的なものか、生活保障的なものかその性格が明らかでないうえ、もともと申請人らが本件解雇後会社に出勤しないのは、被申請人が申請人らの従業員としての地位を否認しているためであるから、本件においてはその請求権を失わないと解すべきである。

5  疎明によれば、会社の賃金は、前月二一日から当月二〇日までの計算で毎月二七日に支給されているが、申請人らが解雇された月である昭和五一年九月分については、申請人玉田、同阪口、同川畑は同年九月三日までの一四日分の賃金、申請人前田は九月五日までの一六日分の賃金を各日割計算により支給されていることが認められる。そうすると、これらを控除した九月分未払賃金額は、申請人玉田が九万九三四三円、申請人阪口が七万九四一円、申請人川畑が八万四七〇六円、申請人前田が八万二二六八円となる。

6  疎明によれば、被申請人と組合は、昭和五一年一二月二〇日、各人の基準内賃金の平均二・七五カ月分を支給するが、会社は成績評価による査定を上限、下限各〇・二カ月の範囲内で行なうとの内容の年末一時金支給に関する協定を締結したことが認められる。

右支給率については、前4に述べたのと同一の理由により、右査定範囲の下限(二・五五カ月分)をもって疎明があったものと認めるべきである。右支給率によって計算した申請人らの支給額は、申請人玉田が三二万三八五〇円、申請人阪口が二四万七三五〇円、申請人川畑が二四万二二五〇円、申請人前田が二八万三〇五〇円である。

7  疎明によれば、被申請人と組合は、昭和五二年七月一八日、各人の基準内賃金の平均二・八カ月分を支給するが、会社は成績評価による査定を上限、下限各三〇パーセントの範囲内で行なうとの内容の夏季一時金支給に関する協定を締結したことが認められた。

右支給率については、前4、6と同一の理由により、右査定範囲の下限(二・〇カ月分)をもって疎明があったものと認めるべきである。右支給率によって計算した申請人らの支給額は、申請人玉田が二五万四〇〇〇円、申請人阪口が一九万四〇〇〇円、申請人川畑が一九万円、申請人前田が二二万二〇〇〇円である。

8  以上を総合すると、本件解雇のなされた昭和五一年九月以降昭和五三年二月までの申請人らのうべかりし賃金および一時金の合計額は、申請人玉田が四一〇万二〇二五円、申請人阪口が三一七万一六五四円、申請人川畑が三一七万八〇四二円、申請人前田が三七四万六六三五円となり、昭和五三年三月以降支給をうけうべき賃金額は別紙目録(二)の各合計額欄記載のとおりである。

七  以上の次第で、申請人らの本件仮処分申請は主文第一、第二項記載の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余の申請(賃金仮払金の一部)を失当として却下する。よって、申請費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 大沼容之)

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